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業 績 - 論文カテゴリのエントリ

山﨑 純 ヘーゲル歴史哲学の実像に迫る――新資料に基づく最終学期の構想

思索 48号 東北哲学研究会 2015年10月 23-56頁

論文PDF

 表1,2

 山﨑純

「新旧論争」に顧みる進歩史観の意義と限界、並びにそれに代り得る歴史モデルの研究

平成18-19年度科学研究費(基盤研究(B))研究成果報告書(研究代表:栗原隆 新潟大学教授)

2008年3月 p.41-47

単著 2002
創文(創文社)第441号
へーゲル『宗教哲学講義』新版の意義を明らかにした。へーゲルの宗教哲学は異文化に関する経験的情報に基づく比較宗教学の先駆的試みでもあった。7‐10頁(4頁)

1999年7月
『創文』No411

単著 1997年12月
『理想』No660(理想社)

単著 1997年7月
『人文論集』No48─1

単著 1997年2月
『文化と哲学』No14(静岡大学哲学会)

単著  1996.7.30
ヘーゲル哲学研究(ヘーゲル研究会)第2号
 ヘーゲルの講義録を中心とした最近の後期発展史研究の状況について、重要情報を提供した。
主な情報
 最初のヘーゲル全集の編集にはヘーゲル未亡人の意向が強く働いていた。未亡人はやもめ暮らしの安定を図るため、この全集でヘーゲルの思想を保守的なものに描きたかった。彼女の意向によって歪められたヘーゲル像が今日まだ生きている。とりわけ『講義』類はこの最初の全集ないしはその改訂版が、いま最も普及しているズールカンプ版にまで引き継がれている。この歪みを取り除くことがヘーゲル研究の焦眉の課題である。
 D・ヘンリッヒの編集によって刊行された『法(権利)の哲学』の資料(Hegel, Philosophie des Rechts. Die Vorlesung von 1819/20. Hrsg. von D. Henrich. 1983)について、この筆記録は助手ヘニングの補習授業の影を色濃く映しているのではないかという疑いが生じている。この資料に見られる新しい貧民に革命権を認めようとする主張は、ブルシェンシャフトのメンバーでありデマゴーグの容疑で投獄経験をもつヘニングのものであった可能性が高い。
 『歴史哲学講義』の現行版(カール・ヘーゲル編集。ズールカンプ版に引き継がれる)はカールによる改竄がひどく、もはや信頼に足るテクストではない。(改竄の具体例については、平成8年7月14日京都ヘーゲル讀書会で詳細を発表。現在、論文を執筆中。
 ラッソンが編集に用いたあと散逸してしまったと思われていた「宗教哲学」の1827年度講義録が最近ポーランドで再発見された。 
全文

単著  1996.3
情況 1996 年3月号 90-95頁
 ヘーゲル『美学講義』のホトー版(ズールカンプ版に引き継がれる)に見られる数々の改竄を暴露した。このいかがわしいテクストによってヘーゲル美学思想の研究は150 年間にわたって歪められてきた。→『美学講義』のテクストについて(→『美学講義』のテクストについて) 

単著  1995.4.1
創文 第364 号( 創文社)
 近年の講義録の新資料の刊行によって可能となった後期発展史研究の画期的意義を研究史全体のなかで明らかにした。とくに今後の焦点となる「歴史哲学」講義の新資料の重要を強調した。19~22頁(4頁)

単著  1994.12.15
情況出版社(東京) ヘーゲル--時代を先駆ける弁証法
 『宗教哲学講義』の最新版に基づいて、三部構成のおのおのにつき、各年度ごとの編成原理と構成の変化を歴史的-構造的視点から考察し、「宗教哲学」講義全体の形成過程を概観した。
上妻精、高山守、竹村喜一郎、長谷川宏編著、佐藤康邦、岩城見一ほか8名。67~87(21 頁)

単著  1994.11.1.,12.1
情況 1994年11月、12月号(情況出版社)
 「宗教哲学」講義の歴史的背景をシュライアーマッハーとの対決を軸に解明した。この対決を単なる神学的論争としてではなく、プロテスタント教会の合同という当時のプロイセンの宗教政策との関わりで明らかにした。このなかで、新敬虔主義という新しい神学的勢力の攻撃を受けて、ヘーゲルとシュライアーマッハーとが同盟を求めるにいたるという新しい事実をつきとめた。(上)ヘーゲル学派の形成 128~145 頁(18 頁) 、(下)宗教反動に対するヘーゲルとシュライアーマッハーとの共同戦線 104~121 頁(18 頁)

単著  1994.7.30
静岡大学人文学部 人文論集 第45-1号
 『宗教哲学講義』の最新版に基づいて、「序論」と「第一部 宗教の概念」の各年度ごとの編成原理と構成の変化を歴史的-構造的視点から考察し、「宗教哲学」の形成過程を解明した。円熟した「体系家ヘーゲル」というイメージに反し、初年度には目を覆いたくなるような破綻に陥っていき、講義の体系的原理が確立したのは、やっと三回目の一八二七年であったことを明らかにした。59~95頁(37 頁)

単著  1993.7.29
東北哲学会年報 第9号
 ベルリン時代のテクストのなかで宗教と国家の関係をめぐる思想的変遷をたどり、ヘーゲルが「プロテスタンティズム」を主体的な自由の原理の旗印として掲げるようになったことを解明し、その意味を「世俗化」テーゼとのかかわりにおいて考察した。52~59頁(8頁)

単著  1993.7.20
現代思想 第21巻 8号(青土社)
ユダヤ教はヘーゲルが青年期から強い関心を寄せてきた宗教でありながら、意外にも、「宗教哲学」のなかで位置づけと評価がもっとも激しく変化した宗教だった。この変化を学期ごとに解明し、そこに汎神論攻撃を受けての対応の変化や七月革命の影響、さらにはドイツにおけるユダヤ人問題など重要な要素がかかわっていたことを明らかにした。168 ~179 頁(12 頁)

単著  1993.1.31
静岡大学人文学部 人文論集 第43-2号
「宗教哲学」講義の資料状況と旧版の成り立ちと性格を検討し、『宗教哲学講義』の最新版(1983-85) の成り立ちと画期的な意義を明らかにした。61~109 頁(49)

単著  1993.1.20
静岡大学哲学会 文化と哲学 第10号
ヘーゲルが七月革命から受けた衝撃の意味を、近代における国家と宗教の関係をめぐる問題としてとらえ、これまでの研究で活用されなかった「歴史哲学」と「宗教哲学」の二つの最終講義のなかに、最晩年の思想的境位をさぐる。21~42頁(22 頁)

単著  1991.1.31
静岡大学人文学部 人文論集 第41号
しばしば誤解されている「芸術の終焉」というヘーゲル美学のテーゼを芸術の未来についての予断としてではなく、近代の芸術の本質をとらえた芸術の歴史的-社会的機能の変化についての論述と見る。そこにギリシア的芸術がもつ機能喪失への両義的な歴史意識と言語芸術の観念性の問題を探る。29~51頁(23 頁)

単著  1988.12.10
世界思想社(京都)ヘ-ゲル哲学の現在
フランスにおけるヘーゲル受容の転回を、コジェーヴの人間学的解釈(その影響下にあるサルトル)から、イポリットの存在論的解釈(その影響下にあるフーコー、デリダ)へとたどり、ポストモダンの一面性を乗り越える道をメルロ=ポンティのすぐれたヘーゲル読解のなかにみる。加藤尚武ほか篇。112 ~130 頁(19 頁)

単著  1987.11.23
文化と哲学 第6 号( 静岡大学哲学会) 
メルロ=ポンティの遺作「世界の散文」がヘーゲルの美学の言葉であることはよく知られていたが、なぜこのタイトルが用いられているのかは謎であった。両者の言語論の比較からこの謎に迫った。メルロ=ポンティの表現の現象学とヘーゲルの外化の弁証法とをつなぐ道をつけることで、言語・芸術論をこえる行為論、さらに社会・歴史論へとひろがる思想的射程を明らかにした。28~50頁(23頁)

単著  1987.3.3
法政大学出版局(東京) ヘーゲル読本
青年期ヘーゲルの思想を、共和国における祝祭への憧憬から発して、愛と運命の思索をへて、所有関係(市民社会)を包摂した近代国家論への展開としてとらえた。
加藤尚武編。66~76頁(11 頁)。
 

単著  1983.10.1
理想 第605 号『精神現象学』研究(理想社)
『精神現象学』の「宗教」の章の聖餐論のなかに、対象性を克服する最終段階があるとの見通しのもとに、難解なキリスト教論を祝祭論の視点から読み解く。教団の祭祀における和解のなかに「他において自己のもとにある」という自由の概念があり、社会哲学的な関心がはたらいていることを明らかにした。96~104 頁(9頁) 

単著  1981.3.30
倫理学年報第30集(日本倫理学会)
ヘーゲル『自然法論文』のなかの「人倫的なものにおける悲劇の上演」という、これまで十分に解読されてこなかった難解な一節を読み解く。普遍(国家)と個別(個人)との相互の自己犠牲を通じての和解というドラマトゥルギーのなかに、自由と共同性をめぐる近代的な社会哲学の原理の把握をみる。149 ~164 頁(16 頁)