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投稿日時: 2017-01-29 (267 ヒット)

思想 2017年2月号
no.1114 pp.74-97


投稿日時: 2017-01-29 (188 ヒット)

理学療法ジャーナル
2017年01月号 (通常号) ( Vol.51 No.1)
講座 理学療法エシックス・1
理学療法の倫理
が掲載されました。


投稿日時: 2016-02-17 (1017 ヒット)

キーワード:ビッグデータ、IoT、モノのインターネット、Industrie 4.0、限界費用ゼロ社会、共有型経済、コモンズ、スマート工場、スマート社会、デジタルヘルス、データヘルス、予知医療、個別化医療、遠隔医療、在宅医療、多職種連携、医師・患者関係、情報のコントロール権


医療・介護・保健分野におけるビッグデータの活用と患者の権利
――モノのインターネット(IoT)の先にあるもの
『生命倫理・生命法研究資料集』Ⅱ、2016年に掲載予定。

業績→生命環境倫理学関係→論文からダウンロードして下さい。


投稿日時: 2015-12-15 (898 ヒット)

松田純 WHOの健康定義に代わる新しい健康概念の意義について
キーワード:健康,医療化,先制医療,過剰医療,エンハンスメント,過少医療,無益な治療,尊厳死

業績→生命環境倫理学関係→論文から


投稿日時: 2015-10-11 (855 ヒット)

GLOBE No.168 義手・義足の特集
難病やリハビリテーション、エンハンスメントに関連します。
最後に松田純の談話が掲載されています。

私がそこで言いたかったことはこうです。

技術の発展は人間と機械の境界をぼかし始めている。サイボーグとは「人間と機械の融合体」のことだが、これは人間の自然の姿に反するのではないか、と違和感を持つ人がいる。だが、私たちはとっくに自然を超えている。
 人類は道具や技術とともに進化し、それが人間の脳をたえず再編成してきた。パソコンがなければ自分の日程が分からない人もいる。パソコンやスマートフォンは、体内に埋め込んでいないだけで、頭脳と記憶の外部化だ。私たちはすでにサイボーグだと言える。これは人間学的な結論。
 倫理的に問われるべきは、人間のサイボーグ化は是か非か、ではない。私たちはどんな社会を目指したいのか、だ。
 お金のある人だけが最新の技術を利用できるとすれば、技術の高度化が社会的な格差を固定しかねない。超人的なサイボーグ技術ばかりを追求することで、社会の連帯が失われてしまう恐れがある。
人類はこれまで、病気や障害のある人たちを社会全体で支えてきた。技術の発展と互助の文化が両立する道を探る必要がある。そのためには、スーパーヒューマン(人間を超える存在)を目指す技術ではなく、弱い立場にある人たちを支援するための技術の開発のなかから世界のトップを目指す、という心意気が重要ではないか。


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