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TOP : ヘーゲル歴史哲学の実像に迫る――新資料に基づく最終学期の構想 が「思索」2015年に掲載されます
投稿日時: 2015-10-11 (286 ヒット)

ヘーゲル歴史哲学の実像に迫る――新資料に基づく最終学期の構想
山﨑 純

原稿は業績→ヘーゲル研究→論文から

要旨
精神の歴史性という二〇世紀の思想を先取りする内容をヘーゲルは発見したが、それを「世界史の哲学」として展開しようとしたところで、発見されたばかりの「歴史性」が隠蔽されてしまった(イェシュケ)。この重要な問題提起を理解するところから始め、その「世界史の哲学」という枠組みのなかでも、歴史の哲学の原理的考察をめざした最終学期の自筆草稿に注目し、ヘーゲル歴史哲学の最後の実像の再現を試みた。
 世界史はヘーゲルの体系では、客観的精神のなかで国家という一個の実体が完結し、それが他の国家という別の実体と関わるところ、つまり国際関係のなかに位置づけられている。この世界史のなかに、ヘーゲルは自らの哲学的テーゼである<精神の自己知>に基づく「自由の意識における進歩」 を読みこもうとした。しかし、国家内では通用する法が支配できない国家間関係は自然状態であり、このなかに「自由の意識」の実現を見るというのは無理がある。国家を完結した実体としてとらえようとしたヘーゲルの限界が、ここに現れている。
 国制レベルの自由は本来的には、法制史・憲政史として展開されるべきであった。しかし、ヘーゲルは歴史法学派との対決という当時の学説史的な事情のなかで、この課題を忘れてしまった(イェシュケ)。
 精神の歴史性の哲学的展開と法・権利の概念の歴史的展開(西洋法制史)、この二つを怠った結果、生じた空白、そこを埋めるようにして、「世界史の哲学」が講じられた。その講義内容がガンスとカールという二人の編者によって、さらに歪められて伝えられた。これがヘーゲル歴史哲学をめぐって、さまざまな非難が出される原因となった。


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